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梅雨(つゆ):日本全土(北海道を除く)に訪れる雨期の事。「ばいう」という読み方は大陸より持たらされ、後に「つゆ」が一般的(※江戸時代から)に。
父の日:米ワシントン州の女性ジョン・ブルース・ドット婦人の提案により制定されたもの
ジューンブライド:1年を10分割する古代ローマ暦において4番目。女神「ジュノー/Juno」の月とされたものが、後にシーザーの改暦によって6番目となり、現在のジューンになったとの事。ローマ神話に登場のジュピターの妻であるジュノーは家庭を守る神でもあるため、縁起が良いとされている。日本人はこういった事をおおむね宗教的ではなくイベント的にうまく祭事に取り込む傾向があるため、宗教的に帰依している人以外では、本来の意味を理解しての挙式は意外に少ないのかも知れない。
七夕(たなばた):中国の乞巧奠(きこうてん)に由来するという説があり、これは「巧みを乞い、まつる」という意味です。古来中国では、夜空にひときわ輝く二つの星を、牽牛(農耕を司る星)、織女(養蚕や染織を司る星)とし、祈り祭ったのです。日本では奈良時代に宮中の儀式として始まり、平安時代を経て室町時代以降になると、人々の娯楽として、歌合せ、蹴鞠、碁、花、貝合せ、楊弓、香などの七種の遊びとともに祝う事が広まります。
五節供(ごせっく):七タは五節供(ごせっく)の一つで、江戸時代になって一般に定着しました。一年のうちの重要な五つの節句は、人日(じん じつ:1月7日)・上巳(じようし:3月3日)、端午(たんご:5月5日)、七夕(たなばた:7月7日)、重陽(じゅうよう:9月9日)であり、7月7日には「索餅」という「もち菓子」を食べる習慣がありました。現代はその餅が麺に置き変わり、流し素麺を食べる様になったと言われています。
お盆(おぼん):陰暦7月15日に執り行われる仏事「盂蘭盆会(うらぼんえ)」から由来しており、これはサンスクリット語の「ullambana(ウラムバナ)」が語源で、手足を拘束して吊るすという意味があります。苦痛を伴う行為を表します。「盂蘭盆」が「お盆」と呼ばれる様になった理由は、先祖の霊を祭るためお盆に供物などを盛った事から転じたと言われています。
お中元(おちゅうげん):道教の習わしである「上元・中元・下元」の三元から由来しています。仏教の「盂蘭盆会(うらぼんえ)」と内容が混同された結果、祖先の霊を供養する日となってしまったらしいです。物を贈る習慣は江戸時代以降とされていて、これはお盆への出席や供え物等への返礼として、贈り物をする習慣が根付いたもので、現在のお世話になった方に贈り物をするという事につながっているとの説が有力です。
お盆(おぼん):7月15日、釈迦の弟子である目蓮が、餓鬼道(がきどう)に堕ちた自分の母親を助けるために祈り供養した事から、亡くなった祖先や親を供養する日として習慣化したものです。京都では8月13日から準備を始めます。
地蔵盆(じぞうぼん):8月23日〜24日、子供を守護する地蔵尊をまつります。賽の河原で石積みをする子供たちの魂は、突然現れた鬼達によっていやがらせを受けますが、彼等を守護する存在の延命地蔵尊が救いの手を差し伸べます。現在と違い命を落とす事の多かった昔、幼子を病気や事故から守るため、少しでも延命をはかるために地域をあげて子供を守る風習が広まりました。
重陽の節句:古来より奇数は縁起の良い数字とされており、1/1の元旦、3/3の桃の節句、5/5の端午の節句、7/7の七夕、9/9の重陽の節句をもって五節句と呼ばれています。一番大きな数字(陽数)が重なるこの節句こそが、平安時代初期から宮中などで公式に最も盛大に行われた行事だったそうです。その行事の中味は不老長寿や繁栄を願ってお祝いだったそうで、「菊」が祭られた事もあってか、今の菊の御紋ともゆかりがあるのかと想像します。
仲秋の名月:陰暦では、7・8・9月が秋。実は仲秋の名月は陰暦で8月の満月。新暦では9月中旬となります。
芋名月・豆名月:旧暦8/15の月夜観賞に、皮のままの里芋の子を蒸し供えた事から芋名月と呼ばれる。寛平9年(897)宇多天皇による宮中観月の宴を発端に、月見にだんごを供える習慣となったそうです。旧暦9/13には「後の月」といい、枝豆や栗を供えます。
敬老の日:多年にわたり社会につくしてきた老人を敬愛し、長寿を祝う...という事で元々は9月15日だったものが、2001年の祝日法改正によって、2003年から9月第3月曜日に変更されています。事の起こりは1947年に兵庫県多可郡野間谷村の村長が提唱した「としよりの日」が全国的になったもの。1964年「老人の日」となり1966年に国民の祝日「敬老の日」と制定されました。
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